いよいよ新しいアルピナの歴史の幕が上がった。2026年5月15日、イタリアはコモ湖畔で開催されたヴィラ・デステにてお披露目された「Vision BMW ALPINA」によって、BMW傘下のプレミアムブランドとして生まれ変わる「BMW ALIPNA」の新たな旅が始まったのだ。
はじめに言ってしまえば、実はこの全長5.2mと、ほぼ7シリーズセダンにも匹敵するサイズの2ドアクーペは、そのまま市販に移されるわけではない。BMWが“VISION”の名を用いる時はいつもそうであるように、あくまで将来のブランド像を一台のクルマというかたちで打ち出したのが、その存在となる。
では実際のBMW ALPINAは一体、どんなふうに展開していくのか。実はこのイベントの1週間前に、筆者はまさにアルプスを望むドイツ南部のキーム湖畔で行なわれたクローズドのプレビューに臨席し、ブランドのトップやデザイナーたちに話を聞くことができた。そこから得られた情報を元に、新生BMW ALPINAの将来像を探ってみたい。
そもそもアルピナは、元々はBMW車をベースとするチューナーとして生まれ、レースでの活躍を経てBMW車をベースとするコンプリートカーの少量生産を行なう独立メーカーとなった。車体やエンジンなど車両の基本部分はBMWから提供され、それを元に職人が丹念につくり上げるというのが、その初期の姿だったのだ。
ベース車を凌ぐ高性能の一方できわめて高い快適性を実現し、それでいて見た目は控えめでありながら精緻につくり込まれた珠玉のモデルたちは、世界の好事家たちに熱狂的に愛されることとなる。特に日本にはファンが多く、生産台数の実に25%がこの国に向けられたものだったという。
22年3月、BMWグループがそんなアルピナの商標権を買収したと発表された。電動化の潮流は避けがたいものであり、しかもクルマの安全性、環境性能に関する規制は、ますます厳しさを増している昨今。職人の勘所と手作業が決め手となるようなクルマづくりは今後、難しくなってくる。アルピナの側にはそんな思いがあり、BMWはロールス・ロイスとBMWブランドのギャップを埋めるブランドを欲していたというわけで、互いの思惑がうまく合致したわけだ。
それから約4年を経て今回、いよいよ新生BMW ALPINAの具体的なかたちが明らかにされた。ブランドのあり方として掲げられたいくつかのキーワードを紹介していこう。まずは「Understated Confidence」。これぞBMW ALPINAの独自性を端的に表したものだと言えるだろう。「Quiet Luxury」という言葉も使われた。声高に主張しない、叫ばないラグジュアリー。今どきの“高級車”は、どれも周囲へ強くアピールするものばかりと言えるが、BMW ALPINAはそれらとは一線を画する「Connoisseurs Choice」となるブランドを志向するという。
ロールス・ロイスは成功の証として、存在感を強くアピールするブランドなのに対して、BMW ALPINAは控えめに、しかし自身は強い満足感を抱けるブランドにと、コンセプトは差別化されている。単なる上下関係ではないというわけだ。
そんなキーワードを念頭にVision BMW ALPINAを眺めてみれば、なるほど納得という感が強い。サイズは大きいが存在感をひけらかすものではなく、まさにアンダーステイトメント。しかしながらよく見れば、従来のアルピナ車を彩っていたデザイン要素が洗練されたかたちで散りばめられていて、まさにわかる人にはわかる独自の世界を描き出している。
逆スラントしたフロントのシャークノーズは、アルピナ初期の成功作であるB7クーペのイメージ。キドニーはフローティングしたパネルで覆われていて、LEDによって輪郭が強調されている。そしてフロントスポイラーにはお馴染み「ALPINA」のロゴ。ボディサイドにもチェーンのような意匠のデコラインが入るが、これはデカールではなく手描きされるという。
20スポークのホイールも伝統のデザインを継承。ただし、よく見るとスポークはやはりチェーン形状となっている。他にもグリル内側、スカッフプレートなど各部にあしらわれているこのデザインは、実はオーストリアのFISCHERのスキー板「C4」からの引用。アルピナの創業者、ブルカルト・ボーフェンジーペン氏が、アルプスを滑降するその雄姿を自ら手掛けたクルマに投影させていたのである。
BMWグループのデザイン責任者、アドリアン・ファン・ホーイドンク氏によれば、新生BMW ALPINAの首脳陣やデザイナーたちは、ブッフローエにある旧アルピナの本社を訪れてはさまざまな資料をチェックして、ブランドの歴史を再確認、再認識してきたのだという。内外装にも、もちろんプロダクトの哲学にも、その精神が色濃く、更に洗練されたかたちで反映されているのだ。
個人的に、それを端的に示していると感じられた印象的な言葉が「SPEED NOT SPORT」である。BMW ALPINAは高い性能を持ちつつもドライバーを刺激せず、長距離を速く、疲れ知らずに移動できるクルマを志向するという。まさに誰もが思うアルピナの姿は、こうしたものだろう。
その実現のために、パワートレインには今回、内燃エンジンが用いられた。実は一瞬だけ始動してもくれたのだが、その音色は間違いなくV8である。当初はBEV中心のブランドになると目されていたが、時代の流れを見て方針を転換したのだろう。もちろん、これは歓迎すべき話である。
新生BMW ALPINAの市販モデルは、27年の登場を予定している。最初に記した通り、それはこのVision BMW ALPINAの市販版ではなく、まずは7シリーズやX7などのベースとするものになる。BMW ALPINAのVPであるオリヴァー・フィレフィナー氏によれば「7シリーズにインスパイアされているが、紛れもないBMW ALPINAだ」というから、今から期待が募るところだ。
