【動くホテル】水上ヴィラが自在に航行する「静かなる航海」のコンセプトが誕生

  • 文:青葉やまと
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Shutterstock ※画像はイメージです

たしか、港の灯りを眺めながら眠りに落ちたはずだった。ところが目を開けると、窓の外には荒々しい岩肌の島影と、どこまでも続くバルト海の水平線が広がっている——。そんな意外性に満ちた旅路を提案しているのが、フィンランドで構想が進む水上宿泊施設「RY」だ。

目覚めればまるで別の島

RYのプロジェクトは、まだコンセプト企画の段階だ。想定されている旅程のひとつが、「サイレント・ヴォヤージュ(静かなる航海)」と名付けられたシナリオである。舞台となるのは、桟橋に多数の水上住居が建ち並ぶ、水上ヴィラだ。

コンセプトに描かれたヴィラは、リゾートで目にする通常のものとはどこか様相が異なる。実は各住居棟は立て杭で固定されているのではなく、桟橋に停泊中の移動型住居なのだ。宿泊者たちが寝静まった後、各々の住居棟が群島の島々の間を抜け、それぞれ異なるルートへと航海に出る。

航行速度はごくわずかで、動きは極めて静か。眠っている本人は、部屋が海の上を移動していることにすらまったく気づかないという。朝が来れば、景色が一変していることに新鮮さを覚える趣向だ。

RYを設計したのは、建築家のベフルーズ・チャヴシン氏。トゥルク応用科学大学の学術プロジェクトとして生まれたこのコンセプトを、建築学生向けコンペサイトのインスピレリが紹介している。

その舞台はフィンランド南西部、バルト海に2万以上の島々が散らばるトゥルク諸島。自律航行する小型の水上居住ユニットを群島一帯に複数配置し、宿泊者が島から島へと渡り歩く。移動手段と水上ユニットでの滞在体験を融合することで、「ホテルとは一カ所に留まり、寝るだけの場所」という常識を覆そうとする構想だ。

気づかないほど静かな航行

「知覚できないほど静かな移動」を実現するうえで、船体に組み込まれた自律航行システムが鍵を握るという。

技術面で2つ、核心的な要素がある。インスピレリによれば、RYの頭脳にあたるAIコアプロセッシングユニット(中央演算装置)と、レーザー光で周囲の地形や障害物を立体的に捉えるリアルタイムLiDAR(光検出・測距センサー)が連携。コテージ周辺の気象の変化をセンサーで絶えず読み取り、北極圏を吹きすさぶ強風にも耐えられるよう、外皮シェルの空力形状を最適化するという。

航行ルートは気象条件や環境負荷の最小化などを考慮し、AIが自律的に選択する。航行時間は8時間または24時間に設定され、各島に設けられた上陸拠点であるドッキングポイントに停泊すると、自律的に充電が行われる。出発点は、トゥルクから約50キロメートルのパルナスの地。ユニットはここでエネルギーを補給し、バルト海の島々へ再び漕ぎ出してゆく。

船体の設計には、パラメトリック・モルフォジェネシス(コンピューター計算による形態生成)が利用された。目指したのは、陸上の電力網にも上下水道にも頼らない、完全なオフグリッドの住処だ。

客室は2種類。ソロ旅行者やカップル向けの27平方メートルの平屋タイプと、家族やグループ向けの60平方メートルの2階建てタイプとなっている。

実現への課題を越えて

 

もっとも、RYはまだコンセプトの段階だ。2026年1月10日から同年4月20日までのプロジェクト期間を通じ、ジョエル・ステンルース氏ら4名の指導教員のもとで進められた、あくまで研究の域を出ないプロジェクトである。

 

自律航行する水上建築を実際に動かすとなれば、現実問題として課題が山積している。海上での法規や安全基準に適合すること、そして北欧の極寒に耐える船体構造とすること。外部の電力網に頼らないオフグリッドを前提としているため、航行中のエネルギー収支も検証が必要だ。

 

それでも、想定されている旅程は私たちの好奇心を掻き立ててくれる。冒頭の「サイレント・ヴォヤージュ」のほか、群島探検を意味する「アーキペラゴ・エクスペディション」と名付けられた旅程では、毎日異なる島へ接岸し、現地の自然を満喫するプランが想定されている。

 

たとえば旅程2日目には、フィンランドの伝統でもある水辺のサウナ小屋「ショアラインサウナ」のある離島に停泊。ゲストは本場のロウリュで汗を流し、自然の静寂に浸る。「整う」余韻を感じながら、やがてユニットへ戻ると、次の島への冒険へと動き出す。

 

「泊まる」と「旅する」の境界線があいまいになる新体験に身を任せ、夜は満点の星空に心動かされる。そんな貴重な体験が、将来可能になるかもしれない。