“南極の海で何が起きているのか?” 南極観測船「しらせ」が見た地球温暖化の最前線

  • 編集&文:久保寺潤子
  • 協力&写真提供:国立極地研究所
Share:

厚い氷を砕きながら、南極観測隊を基地に送り届ける南極観測船「しらせ」。その屈強な船体は、海洋観測の最前線の拠点としても活躍している。氷床の融解と海洋の関係を調べる研究者は「地球全体が元に戻ろうとする作用が働いている可能性もある」と指摘する――。

「南極」と聞いて、なにを思い浮かべるだろう? 南極にいま、人は旅することができるようになった。ならば、南極へはどんな行き方があるのだろうか? 南極にはなにが待っていて、どんな景色が見えるのだろうか? 全身で南極を感じたとき、人はなにを想うのだろう――。

『行きたい南極』
Pen 2026年9月号 ¥880
Amazonでの購入はこちら
楽天での購入はこちら

01_20150105 ラミング_氷上 (17)d.jpg船を後退させて全速前進して氷に乗り上げ、船の重さで氷を砕く「ラミング航行」で昭和基地を目指すしらせ。写真は融雪用の散水装置で海氷上の雪を溶かしながら砕氷を行う様子。写真提供:海上自衛隊横須賀地方総監部

現在、南極観測隊が昭和基地へ行くには、オーストラリアまで飛行機で向かい、そこから南極観測船「しらせ」(以下しらせ)に乗り換え3週間かけて南極を目指すのが一般的なルートだ。基地周辺の海は氷で覆われているが、しらせはこれを砕きながら進むことができる「砕氷船」だ。現在4代目の観測船であるしらせは海上自衛隊が運用しており、基地で使用する食糧や燃料、建設重機など1000トン以上の物資を運んでいる。

海上自衛隊員約180人とともに南極観測隊約80人が乗船。観測系隊員は出航翌日から海洋観測を始め、設営系隊員は基地での活動準備を行う。

02_DSC9377.jpg最大厚さ1.5mまでの氷を割りながら前進するしらせ。それ以上の厚さの氷はラミング航法を使う。1回のラミングで進める距離は10〜50m。

しらせは海洋観測の拠点としても重要な役割を担っている。長年、海洋科学の研究に携わっている北海道大学 低温科学研究所の平野大輔准教授は、厳しい海氷状況においても観測隊としらせが切り拓いてきた南極沿岸域で、氷床の融解と海洋の関係を研究している。

「東南極最大級のトッテン氷河には、西南極全体に匹敵する量の氷がありますが、氷床の減少が加速しています。このメカニズムを解明するには周囲の海の理解が不可欠なのです」

07_南極_作図.jpg南極氷床と「周りの海」 沖合からの暖かい周極深層水の流入に加え、近年の海洋表層の温暖化により氷床融解がさらに加速。海面上昇などグローバルな影響を及ぼす可能性も指摘されている。

南極氷床の増減を考える上で、そのバランスに影響を及ぼすのが氷床沖の深層に分布する暖かい海水「周極深層水」だ。

「氷床は氷河として海へと流れ込み、先端部の海に浮いている部分を棚氷と呼びます。いくつかの条件が重なると、沖合の周極深層水(水温0度程度)が棚氷の下へ流れ込む特殊な地域があることがわかってきました。この地域では暖水が棚氷を底から溶かし、氷床の損失が著しく進行しているのです」

そこで、係留系と呼ばれる観測器を海中に投入し、棚氷の下へと流れ込む海水の水温、塩分、溶存酸素、流速などを連続で計測し、データを取得している。

「氷河前の海底は起伏に富んで複雑です。ピンポイントで設置場所を選定する必要があるため、しらせでは詳細な海底地形も調査しています」

05_係留系観測2.jpg係留系観測で海の鼓動を聞く トッテン氷河前で係留系を設置している様子。各種センサーを取り付けた約600mのロープを海底に沈め、おもりを付けて1年以上固定。流速や水温、塩分、溶存酸素などを連続的に定点測定することができる。
03_CTD観測.jpgトッテン氷河沖の集中観測に挑む 海中の塩分、水温、深さを同時かつ連続して測定し、特定深度で採水もできるCTD採水装置をクレーンで引き上げるしらせの乗員。これにより氷床を溶かす暖水の分布やその流れを追跡できる。揚上後は船上で分析も行う。

実はしらせの航路は、そのまま海底の地図に反映されている。

「昨年12月には、過去に類をみないほどトッテン氷河周辺の海氷が少ない状況で、海底地形の調査範囲も格段に広がりました。海洋観測は新たなステージに入ったといえます」

06_係留系観測12.jpg一致団結して観測に取り組む 係留系の設置場所を観測隊員と最終調整する平野准教授(中央)。トッテン氷河はわずか約10年前までは正確な海底地形の情報がなかった未知の領域。船底にあるマルチビーム音響測深機の足跡は、海底地形図へと反映される。

海の中は温度と塩分の異なる海水が分布しており、長い時間をかけて地球全体の海を循環する。日本による南極海の海洋観測データは、気候変動の予測に新たな知見をもたらすだろうと平野。

「過去のデータをよく見ると、地球全体が元に戻ろうとする作用が働いている可能性もある。地球には人智を遥かに超えた摂理があるのです」

04_海底堆積物の掘削2.jpg海底堆積物から歴史を探る 海底に金属のパイプを突き刺し堆積物の層(海底コア)を掘削。掘削地点によっては4mくらいの筒で、およそ1万年前までの堆積物を採取できることもある。海底コアは地球の過去を知る重要なタイムカプセルだ。

 

関連記事

 

『行きたい南極』
Pen 2026年9月号 ¥880

Amazonでの購入はこちら
楽天での購入はこちら