1826年にスコットランド最北端で創業し、“海のモルト”として知られるシングルモルト・スコッチウイスキー、「オールドプルトニー」は今年で創業200周年を迎える。これを記念して、ブランド史上最長熟成となる「50年」世界200本限定でリリース。来日したマスター・オブ・ウイスキー・クリエイションのサラ・バージェスが、歴史と風土が育むオールドプルトニーの味わいについて語る。
スコットランド最北端で誕生したオールドプルトニー、200年の足跡を辿る
「海のモルト(The Maritime Malt)」の愛称で親しまれているシングルモルト・スコッチウイスキー、オールドプルトニーは、1826年スコットランドの最北端、北海に面した港町ウィックで産声をあげた。荒々しい北海に吹く潮風と厳しい自然環境に磨かれたその味わいは、樽由来のバニラやキャラメルを思わせる香りの中にほのかな塩味が広がる。「海のモルト」と呼ばれる所以だ。創業200周年という節目を記念してリリースされるのは、「オールドプルトニー50年(以下、50年)」と「オールドプルトニー30年(以下、30年)」というふたつの特別なウイスキー。同蒸溜所史上最高齢となる「50年」は世界限定200本(うち、日本限定3本)、「30年」は世界限定1000本(うち、日本限定10本)という希少なものである。
200年に渡り、オールドプルトニー蒸溜所は時代の荒波にもまれながらさまざまな試練を乗り越えて歴史を紡いできた。今日までの歩みを振り返ってみよう。
オールドプルトニー蒸溜所は1826年、ジェームズ・ヘンダーソンによりウィックのプルトニータウンに設立された。当時のウィックはヨーロッパ最大のニシン漁の拠点として栄えており、ウイスキーの原料である大麦も船でこの港で運ばれ、完成したウイスキーもまたここから世界中の港に送り出されていた。港町の発展に支えられていたウイスキーづくりが大きな困難に直面したのは、およそ100年後の1922年のこと。この年、プルトニータウンに禁酒法が導入され、町内での消費が禁じられてしまう。プルトニータウンの禁酒法時代はアメリカのそれよりも長い25年間続き、蒸溜所は1930年に操業を停止してしまった。再開したのは禁酒法が撤廃された4年後の1951年のこと。設備に大規模な改修を行い新たなウイスキーづくりがスタートする。その後、1997年には同蒸溜所を代表するシングルモルト「オールドプルトニー12年」が発売、現在にも引き継がれるベースがかたちづくられた。
「50年、30年のお話をする前に、オールドプルトニーがどんなものづくりを行う蒸溜所なのか説明したいと思います」というのは、今回のリリースを記念して来日した同蒸溜所のクリエイションを統括するサラ・バージェスだ。
「操業停止期間も含めた200年の歴史では、ウイスキーを取り巻く環境にもウイスキー市場にもさまざまな変化が生じています。製法や設備もしかりで、私自身はウイスキーづくりとは時代の変化とともに変わっていくべきものと信じています。しかし、オールドプルトニーは、他にはない際立った個性があります。それがこの、北海沿岸の潮風を思わせる唯一無二のフレーバーです。スコットランド最北端の北海沿岸の風土が醸す味わいはオールドプルトニーの魂といえるもの。どのボトルを開けても、この個性を感じていただけると思います」
「50年」と「30年」、2つの特別なウイスキー
今回リリースされるのは、「オールドプルトニーらしい個性が凝縮されている」という、特別に選ばれた長期熟成ボトル。原酒の選定にあたり、何週間、何カ月も熟成庫にこもってテイスティングを重ねた。
「長期熟成のウイスキーをどう選んでいるのかとよく尋ねられます。私にとっては、自分の直感を信じることが何より大切なんです。『50年』のベースとなるウイスキーは本当に個性的な味わいを備えていたので、すぐに『これだ!』とわかりました。主にアメリカンオークのバーボン樽で熟成され、ヨーロピアンオークのシェリー樽による少量の追熟が行われています。輝くようなダークゴールド色で潮風の香り、プラムジャムやバニラのニュアンス、上質なレザーを思わせる余韻が続きます。味わいはドライで塩気とペッパーの刺激の中にトフィーアップルやクローブ、甘いタバコのレイヤーが広がります」
一方の「30年」について、こう続ける。
「蒸溜所マネージャーのマルコム・ウェアリング自身が30年前に手作業で樽詰めしたものをボトリングしたもので、一人の蒸留家の30年の人生が表現されているといっても過言ではありません。これはアメリカンオーク樽で熟成した後に、スパニッシュオークのシェリー樽でフィニッシュをかけており、磨かれたコッパーのような色合いに、ナシや青リンゴといったフルーツと潮風の香りが調和しています。塩キャラメルや焼きリンゴを思わせる甘みにシナモンのようなスパイス感が重なり、微かな塩気の余韻が続きます」
このような希少なウイスキーを味わうお薦めのシーンを尋ねたら「気の置けない仲間や家族と語らう場で楽しんでほしい」と即答。
「『人生で5本の指に入るウイスキーは?』と尋ねられたときに思い浮かぶのは、個別の味わいというよりもその時に誰と一緒だったか、どんな場であったかではないでしょうか。つまりウイスキーそのものの味わい以上に、それを共にする人、空間、時間が大切なのだと思います。長期熟成というと身構えてしまうかもしれませんが、あまり考え込まず、そのときのフィーリングで開栓していただければと思います。考えすぎるとベストなタイミングを逃してしまいますよ!」
日本のハイボール文化に敬意を表して
ウイスキー樽は人間と同様、年月を重ねてそれぞれが変化を遂げるもので、ひとつとして同じものはない。つまりウイスキーは、時間と土地、クラフトマンシップが織りなす産物であり、私たちがウイスキーに惹きつけられる理由はそこから生まれる物語にあるのだろう。だからこそ、もっと自由に、気軽に、ウイスキーに親しんでもらえることをウイスキーのつくり手たちは願っている。
「ウイスキーには難しいルールはありません。『常温で、氷も水も入れずストレートで飲まなければいけない』なんてことはないのです。ストレートでも、ロックでも、水割りでも、ハイボールでも、お好みの飲み方で楽しんでいただければと思います。そうすることでさまざまな風味を引き出すことができますし、アルコールの強さも和らいでより多くの人が楽しめるお酒になります。だから私は、日本のみなさんがウイスキーを味わうハイボールというスタイルが大好きなんです。ハイボールは、『ウイスキーはこうあるべし』という頑なさから人々を解放し、幅広い世代が気軽にウイスキーを楽しめる文化を育ててくれています。そういう観点で、世界の他の国々もぜひ参考にしてほしいスタイルだと思っているんです」
日本のハイボール文化が世界に認知されるにつれ、「ウイスキーはもっと自由に味わっていい」という自由さがスコットランドでも広がっているという。スペイサイドには「ハイランダー・イン」という、日本人オーナーが経営するすばらしいモルトバーがあり、そこで提供される最高のハイボールがサラのお気に入りである。
「ハイボールでなくてもいいんです。ぜひ、あなたの好きなスタイルで楽しんでください」
次の100年、200年を見据えて
創業200周年という節目に向き合い、サラはあらためて「いま自分が目にしている数々の樽は、何十年も昔の蒸溜家による意思決定の結果である」という事実に思いを馳せた。いま自分が下す判断のひとつ一つが、蒸溜所の100年先の未来を決めるという責任を痛感しているという。
「日常生活で100年後を意識することはありませんが、ウイスキーづくりにおいては日々の小さな決定の積み重ねが100年後にどのような結果をもたらすのかを考えてしまいますね。ですから、いまの自分が100年後にどのようなレガシーを残せるのか、常に意識しながらモノづくりに向き合っています。プルトニータウンに流れる時間や気候風土、息づく職人技をウイスキーという形で次の100年、200年へと受け継ぎ、現在・未来の飲み手の皆さんにもそれを感じてもらえたら、つくり手としてこれほどうれしいことはありません」
サラ・バージェス/インターナショナル・ビバレッジ社マスター・オブ・ウイスキークリエイション スコットランド・スペイサイド出身。21歳の誕生日にカードゥ蒸溜所に入社し、ウイスキー業界でのキャリアをスタートさせる。スコットランド北部地域のいくつかの蒸溜所で経験を積んだ後にクライヌリッシュ、グレンキンチー、オーバンといった蒸溜所で運営管理を歴任。ザ・マッカランのリード・ウイスキーメーカー、クライゲラキ・コレクションのクリエイティブディレクターといった要職を経て現職。インターナショナル・ビバレッジ社に所属するオールドプルトニー、バルブレア、スペイバーン、アンノック、ハンキーバニスター蒸溜所のクリエイションを統括する。
問い合わせ先/三陽物産
https://sanyo-brands.jp/lp/oldpulteney
