2026年のカンヌ国際映画祭でも日本人監督による作品が注目を集め、海外で存在感を高めている日本映画。その背景にあるのは、作品を紹介し、監督たちが国境を越えて評価される機会を生み出す映画祭や配給会社の存在だ。フランスのキノタヨ現代日本映画祭のディレクター、ヌシャ・サン=マルタンと日本映画を専門に配給するアートハウスのエリック・ル・ボットに話を聞いた。
マンガやアニメが世界的な人気を集める一方で、日本映画もまた、独自の歩みを通じて海外での評価を高めてきた。黒澤明や小津安二郎が活躍した1950年代の黄金期、北野武らの作品が海外で高く評価された1990年代を経て、現在は新たな世代の監督たちが海外の観客を魅了している。2026年のカンヌ国際映画祭でも、黒沢清や是枝裕和らの作品が注目を集めた。こうした日本映画の国際的な評価を支えているのが、日本映画を専門に扱う映画祭や配給会社の存在だ。
フランスでは、2006年にキノタヨ現代日本映画祭が創設された。その名は、観客の投票によって選ばれる最高賞「金の太陽賞(Soleil d'Or, ソレイユ・ドール)」に由来する。この映画祭では毎年、製作から18か月以内の作品を中心に、ドキュメンタリーからアニメーションまで幅広いジャンルの映画を紹介している。ディレクターのヌシャ・サン=マルタンは、ここ2年間で来場者数が大きく増加しており、昨年は1万人を超える観客を集めたと話す。
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スクリーンを通して知る、まだ知られていない日本の姿
来場者の増加は、日本そのものへの関心の高まりとも結びついている。キノタヨの観客には、日本で暮らした経験のある人や、日本社会をもっと深く知りたいと考える人が多い。
「映画は、日本人の親密な生活や内面に触れるための入り口になります」とヌシャ・サン=マルタンは話す。「たとえ私たちが日本で暮らし、日本語を話せたとしても、育ってきた環境や教育の違いもあって、日本の文化にはなかなか踏み込めない部分があります。私自身、日本で15年間暮らしましたが、映画を通して、それまでまったく知る機会のなかった人々の世界や状況に出会うことがあります。普段はどうしても自分の身近な人たちとの付き合いにとどまりがちなので、そうしたところに映画の魔法があるのです」
映画は日本を知る入り口となる一方で、必ずしも日本社会の明るい面だけを描いているわけではない。2024年に金の太陽賞を受賞した入江悠監督の『あんのこと』は、子どもへの虐待を題材にしている。それでも、こうした作品は観客の心を動かす。描かれるのは日本社会の現実でありながら、そこにあるテーマは国や文化の違いを超えて人々の心に響く普遍的なものでもある。
キノタヨの作品選定を担うのは、映画を愛するボランティアのメンバーたちだ。彼らが重視するのは、監督の経験や実績よりも、その作品に表れた社会への独自のまなざしである。そのため、毎年、長編デビュー作もプログラムに取り入れている。
世界の主要な映画祭で高く評価される監督のなかには、フランスでの配給会社が決まる前にキノタヨで作品が紹介された人もいる。2016年に『ハッピーアワー』でキノタヨのソレイユ・ドールを受賞した濱口竜介もその一人だ。現在、濱口の作品はフランスの劇場で20万人近い観客を集めることも珍しくない。
深田晃司も、フランスで早くから才能を認められた映画監督のひとりである。2008年には『ざくろ屋敷』でキノタヨの新人監督賞にあたる賞を受賞した。黒沢清監督の『贖罪』や濱口竜介監督の『ハッピーアワー』を配給したエリック・ル・ボットは、早い段階から深田の映画づくりに注目していた。ル・ボットは2018年に設立した日本映画専門の配給会社アートハウスを通じて、深田の作品をフランスの観客に届けている。
「深田晃司の作品づくりに、私たちと通じ合うものを感じた」とル・ボットは語る。「彼の映画には、非常にフェミニズム的な視点があります。同時に、少し残酷なところもあり、社会を冷静に見つめています。私たちの考え方にも合っているので、彼の作品には以前よりも早い段階から関わるようになりました。いまでは脚本の段階から配給を検討しています」
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日本国内よりも、海外でヒットする作品がある
こうした取り組みは、実際に成果を上げている。深田晃司は2026年、映画『ナギダイアリー』でカンヌ国際映画祭の選出作品に名を連ねる以前から、フランスの観客の支持を得ていた。『LOVE LIFE』は観客動員数において、日本での約3倍の数をフランスで集めたという。
エリック・ル・ボットは配給会社アートハウスを軸に、日本映画や日本文化を愛する人々が集まるオンラインコミュニティ「Hanabi(花火)」と、映画祭「Les Saisons Hanabi(レ・セゾン・ハナビ)」も立ち上げた。この映画祭では、アートハウスが配給する作品の一部を一般公開に先駆けて上映している。コミュニティのメンバーは女性が中心で、平均年齢は45歳。日本映画の多様な魅力に触れられることを楽しみにしているという。
「観客がいつも同じような日本映画を観たいと思っているわけではありません」とル・ボットは話す。アートハウスの作品選びも、そうした幅広いニーズに応えるものだ。茶道をテーマにした『日日是好日』のように日本の伝統文化を描く作品がある一方で、2022年にキノタヨのソレイユ・ドールを受賞した『浅田家!』のように、現代社会を見つめる作品もある。同作は、2011年の東日本大震災後の人々をユーモアを交えて描き、同社の配給作品として最大のヒットとなる26万人の観客を動員した。また、『リバー、流れないでよ』や『MONDAYS/このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない』のように、時間が繰り返される仕組みを巧みに使った作家性の強いコメディも人気を集めている。
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世界での評価は、映画祭と配給会社が支えている
作家性の強い日本の映画は、フランスでも着実に観客を獲得している。しかし、その規模は、100万人を超える動員を記録するアニメの人気シリーズには及ばない。それでも監督たちは、自国では得られない評価を海外で受けられることに喜びと意義を見出している。
「日本では、商業的な成功を確保するために、監督のビジョンよりも出演者の知名度が優先されることが少なくありません。興行で成功すれば、その後の宣伝や劇場公開に必要な資金を確保しやすくなるからです」と指摘するヌシャ・サン=マルタン。「それに対して私たちは、必ずしも大きな予算を必要としない、ヨーロッパ型の独立した作家映画のモデルを基本にしています」
キノタヨで上映作品に選ばれることは、日本のインディペンデント映画がフランスの観客に届くための重要な機会となる。今年の映画祭は、11月28日から12月12日までパリで開催され、その後、2027年にフランス各地を巡回する。作品の認知度を高めるとともに、専門家によるフランス語字幕の制作を支援している点も大きい。製作時の予算では、こうした字幕制作の費用を確保することが難しい場合も多く、フランスでの劇場公開への道を開く一助となっている。
今年のキノタヨでは、経験豊富な監督たちに加え、まだ2作目の長編映画に取り組む小島央大監督の『火の華』や、児山隆監督の『万事快調〈オール・グリーンズ〉』なども紹介される。また、坂本悠花里監督の長編デビュー作『白の花実/White Flowers And Fruits』も、金太陽賞を競う作品の一つとなる。
一方、レ・セゾン・ハナビは、エリック・ル・ボットにとっても重要な機会だ。配給予定の作品を本格的な劇場公開に先立って上映し、観客の反応を確かめることで、その後の宣伝予算を調整できる。こうした取り組みは、フランスでの公開が成功すれば、カンヌ国際映画祭の選考委員が監督の次回作に注目するきっかけにもなるという点で、大きな意味を持つ。
その一例が、映画『あのこは貴族』で注目を集めた岨手由貴子監督だ。2026年には、フランスでも人気の高い作家・川上未映子の小説『すべて真夜中の恋人たち』を原作とする新作がカンヌ国際映画祭に選出された。同作は、2027年のレ・セゾン・ハナビでも上映される予定だ。
日本文化に関心を持つ観客は、フランスでも人気の高いもう一人の作家の作品にも出会える。漫画家・つげ義春の作品を、三宅唱監督が『旅と日々』で複数の短編をもとに映画化しているのだ。さらに、レ・セゾン・ハナビ映画祭のオープニング作品『FUJIKO』には、日本映画界を代表する俳優であり、プロデューサーとしても活躍するMEGUMIが参加している。
これからフランスの劇場で公開される作品群は、現代日本の作家映画がいかに豊かで、人気作品だけでは語り尽くせない魅力を持っているかを示している。海外で評価を高め、主要な国際映画祭に選出されることは、日本の監督たちが自国でもより多くの人々に知られるきっかけとなり得る。そうした思いから、ヌシャ・サン=マルタンは、日本でキノタヨ現代日本映画祭を開催することも構想している。映画祭や配給会社が作品と観客をつなぎ、監督たちの活動を支え、新たな才能や表現に光を当てる。その積み重ねが国境を越えた映画交流を育み、日本映画のさらなる可能性を切り開いていく。