旧友・タモリが明かす、井上陽水の知られざる素顔。

  • 写真:藤原江理奈
  • 文:Pen編集部

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Pen 2020年5月1・15日合併号『井上陽水が聴きたくて。』特集に登場してくれたタモリ。井上陽水とはもう40年近いつきあいになるというタモリだからこそ語れる、陽水の知られざる素顔を語ってくれた。ここでは、本誌では掲載しきれなかった秘蔵エピソードを紹介しよう。

僕がこの世界に入ったのは30歳の時で1975年頃だったから、初めて陽水の曲を聴いたのはまだ福岡にいる時でしたね。東京に出る少し前に、陽水の「傘がない」や『氷の世界』を聴いていた記憶があります。当時は本当に衝撃でした。それまでの歌というのは、社会性があったじゃないですか。いわゆる誰に対しても通じるようなメッセージであったり、もしくは恋の歌だったり。それなのに、陽水の歌は全然違う。つぶやくような個人的な思いだけを歌にしているんです。


ちょうど我々の親父やじいさんの時代は、社会と個人が一体だった世代の人たちなんです。ところが僕らの世代は、社会を、親を否定してそこから離れようとするんです。自由になりたいと言ったけれども、自由になった途端にその自由をもて余して不安になり、その重さに耐えきれない。自分はこれからどうしたらいいんだろう……そういう我々の心情にぴったりだったんです。

1973年発売の井上陽水のサードアルバム『氷の世界』。通算35週にわたってチャート1位に輝くなど、日本初のミリオンセラーアルバムとなった。

僕は76年からラジオで「オールナイトニッポン」のパーソナリティをやっていたんですが、その中で「思想のない歌」っていうコーナーがあって。高田浩吉の「白鷺三味線」という曲があり、そういう意味のない音楽がいい、中途半端な意味はダメだっていうようなコーナー(笑)。で、当時、流行りのいろいろなミュージシャンを攻撃していたんですよ。南こうせつを軟弱だと攻撃したり、さだまさしや井上陽水も攻撃して。すると、こうせつも陽水も、面白がって番組にやってくるんですよ。抗議の体をとりながら、やりとりを楽しみにわざわざやってくるんですよ。セッションしにくるみたいなもので。そこで陽水と歌詞について話したりね。


陽水の歌詞のいちばんの特徴は、同じことを英語と日本語で言うクセですよね。「リバーサイド ホテル」の《ホテルはリバーサイド 川沿いリバーサイド/水辺のリバーサイド》《部屋のドアは金属のメタルで》とか、「闇夜の国から」の《(方位)磁石もコンパスもなく》って、これ同じことですよね(笑)。陽水の言葉遊びを堪能できるのが、アルバム『GOLDEN BAD』。ホント、最高ですよね。『GOLDEN BEST』とネガポジになっている裏ベスト盤で、陽水本人の選曲らしいけど、僕もほとんど聴いたことないような曲ばかりだった(笑)。「ダメなメロン」とかね、もう無茶苦茶で。意味のない文章が、またいいんだよね〜。

「人望があるような人間はダメだよ」って言ってたクセに……(笑)。

1999年に発売され、陽水51歳の当時、最年長ミリオンセラーを記録したベストアルバム『GOLEDEN BEST』。2枚組で、名曲揃いの全35曲収録。

タモリお薦めのアルバム『GOLEDEN BAD』。井上陽水本人の選曲による裏ベスト盤で、『GOLEDEN BEST』のちょうど1年後に発売された。隠れた名曲(迷曲!?)が盛りだくさんの、全14曲収録。

陽水は一時期、うちの近所に住んでいたことがあって、僕が自宅に招いたんです。その時に「なんか歌ってくれ」と頼んだんですよ。そうしたら「いや、歌わない」って。まあいいかと黙っていたら、「一応さぁ、歌で飯食ってるんで」って言うんですよ(笑)。「わかった。じゃあいくら払えばいいの?」って聞いたら、「う〜ん、1曲5,000円」って。隣で陽水が生で歌って5,000円って、安いでしょ?(笑) で、5,000円払ったら、全然歌わないんですよ。歌い出したらすぐ笑っちゃって、2小節くらいで止めちゃうんですよ。それで5,000円持って帰ったんで、もう詐欺ですよね(笑)。


陽水と会う時は、メールで「どう?」って感じで、店選びも適当ですね。あまりこだわらないです。でも、こだわらないっていいながら、実はこだわり強いんですよ、あの人。旅館とかこだわっていますよね。行った温泉のレポートがたまにくるんですよ。ここがよかったとか、ここがダメだったとか(笑)。 

「普段会う時の陽水はサングラスかけてないからね。気づかない人も多いですよ。陽水にどれが似合うか? サングラスへのこだわりはないんじゃない?」とタモリ。

何度か僕の番組に陽水が出てくれたこともありますね。ある時、陽水と、「人望があるような人間はダメだよ。人望がない人間にならないと」って話をしていたんですよ。その後「タモリ倶楽部」で、人望がないことについて神保町で語ろうという企画をやったんです。陽水とふたりで、「なぜ我々には人望がないのか」と、友達の少なさを語り合った。それから半年くらい経った頃かな、僕がひとりで飲んでいたら、そこに陽水が若手のミュージシャンを引き連れてきたんですよ。「なんだこの人、人望得ようとしているじゃん(笑)」って思ったら、「そろそろさぁ、自分の棺を担ぐ者も育てなきゃねぇ」って変な理屈こねながら、人望を得ようとしていましたね、確実に(笑)


「ブラタモリ」のテーマ曲は陽水がつくってくれたんですが、オープニングの「女神」という曲は反テレビの歌ですからね。冒頭で《TVなんか見てないで どこかへ一緒に行こう》って、テレビ番組のオープニングで普通、歌いますか?(笑)

こちらの記事は、Pen 2020年5月1・15日合併号「【完全保存版】井上陽水が聴きたくて。」特集からの一部抜粋と、インタビューの未掲載部分を再構成したものです。