NFTにAI、バイオテクノロジー…新技術がアート界に引き起こす“第二のルネサンス”とは?

  • 文:施井泰平
  • 編集:久保寺潤子
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気になる未来の姿に迫った、Pen最新号『2033年のテクノロジー』。その中から、次世代アートの記事を、抜粋して紹介する。

Pen最新号は『2033年のテクノロジー』。AIの進化でどう変わる!? モビリティ、建築、アート、ファッション、食&農業、プロダクト、ゲーム、金融と8つのジャンルで2033年の、そしてさらなる未来のテクノロジーを占った。気になる未来の姿に迫る。

『2033年のテクノロジー』
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NFT、AI、XRなど最新テクノロジーを使った作品の出現により、次世代のアートが確立されつつある。第二のルネサンスとも言われる動きとは。

施井泰平

Taihei Shii

美術家、起業家

1977年生まれ。多摩美術大学卒業後、「インターネット時代のアート」をテーマに美術作品制作を開始。2014年、「スタートバーン」を起業し、アート作品の信頼性担保と価値継承を支えるインフラを提供。事業の中心である「スタートレイル」は公共性が評価され、イーサリアム財団から助成金を受けている。

アートの民主化を進めた、「NFTアート」の台頭

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エキゾティクス

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日本を拠点に活動するクリエイティブコーダー。ジェネラティブアートの手法を用いた作品を制作している。テゾスチェーンとイーサリアムチェーンでNFT作品を発表しており、その作品はアート・バーゼル・マイアミ・ビーチ、ブライトモーメンツ東京など国内外のイベントで展示され、高く評価されている。

右:SFへの憧憬をテーマとした『Traveler』は、仮想世界の旅行者を描いている。ペン画のようにも見えるが、すべてコードにより描画されている。2022年6月に発表され、即時完売した。テゾス財団のパーマネントアートコレクションにもキュレーションされた。 左:『Subject Red Stills』は再起分割アルゴリズムにより縦横に仕切られたグリッドに、基本的な幾何学図形を配したシンプルなジェネラティブアート作品。細胞の新陳代謝を表現している。グリッドの繰り返しにより生まれるリズムと不規則性の混在による躍動感が特徴。© ykxotkx

 

人類全体を襲った新型コロナウイルスの脅威は、テクノロジーが社会に対して深く浸透する契機となった。この影響はアート界にも広がり、NFT(非代替性トークン)、AI(人工知能)、XR(クロスリアリティ)、バイオテクノロジーなど、新たな技術がアーティストに大きな影響を与えている。特に2021年に注目を集めたNFTは、アートの新しいパラダイムの可能性を秘めた進化的なテクノロジーといえる。

NFTはブロックチェーンの技術を使い、コピーが容易なデジタルデータに対して、その唯一性を担保する「証明書」や「鑑定書」のようなもの。作品の価値を保証し、新たな表現の土台を提供すると同時に作品の公開や取引を瞬時に可能にすることで、アートの民主化を促進する。

特筆すべきは、NFTを活用したジェネラティブアートの勃興だ。それは制作におけるプログラミングそのものが作品となる、NFTアートの一形態を指す。制作手法は以前から存在したが、その価値づけや流通は難しかった。しかしNFTの出現は状況を一変させ、タイラー・ホッブスやエキゾティクスなど新たな才能を出現させた。

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タイラー・ホッブス

Tyler Hobbs

大学でコンピューターサイエンスの学位を取得しプログラマーとして働くかたわら、アート制作を続ける。2014年にプログラミングとアートを結びつけることを思い立ち、ジェネラティブアートと出合う。コードを用いてアルゴリズムをつくり、作品を生み出すことを得意としている。フロアプライスは50ETH(2023年5月)。

上:幾何学的な製図から次第に写実的な鳥の姿に変容するさまを描いた『F(l)ight #11』は、美学的反復、自然界における差異をテーマにアルゴリズム的要素を取り入れながら手作業で制作したもの。アナログとデジタルの両方の世界に興味を持ち続けるタイラーの作風が表現されている。最初のコレクターには、製図原画が届けられた。

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「バイオ」や「デジタル進化」が、アート創作の根源をゆさぶる

バイオテクノロジーの進展は、NFTのように急激な変革とは異なるが、これもまたアートの領域に新たな視野を開いている。我々の生活を一時止めた新型コロナウイルスへの対策として開発されたmRNAワクチンの背後には、30年前には想像すらできなかったゲノム情報やAI技術といった要素が重要な役割を果たしている。また、03年に完成したヒトゲノムの解析以降、生物の脳の詳細な神経接続図を解明しようという「コネクトームプロジェクト」が進展しており、人間社会のさらなる進化を予感させる。

 

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親ふたりの顔のモデルをつくり、ふたりの幼い頃の写真をもとに、少女時代の顔を制作。顔の形状に関するSNPs(一塩基多型)は少量しか特定されていないため、ふたりの少女時代の中間値を使用している。

 

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長谷川 愛

Ai Hasegawa

バイオアートや問題提起型のスペキュラティヴデザインなどの手法により、生物学的課題や科学技術の進歩をモチーフに、現代社会に潜む諸問題を掘り起こす作品を発表している。2023年4月より慶應義塾大学理工学部准教授。『20XX年の革命家になるには─スペキュラティヴ・デザインの授業』(ピー・エヌ・エヌ新社)を、日本と台湾にて出版。

『(IM)POSSIBLE BABY(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合』(2015年)では、実在する同性カップルの一部の遺伝子情報によって、できる可能性のある子どもの姿や性格等を予測し、「家族写真」を制作。ウェブの簡易版シミュレーター(β版)ではカップルの遺伝データをアップロードすると、ランダムにできうる子どもの情報が出てくる。

 

既に夢の可視化は一部現実化しており、SF映画のような記憶や技能のアップロード・ダウンロード、編集、他者の主観体験などの実現化が予測されている。23年5月にはニューラリンク社の小型デバイスを脳に直接つなげるプロジェクトが臨床試験開始の承認を得た。これらの技術が形づくる未来社会は人類が体験したことのないものになるだろう。現実と見間違えるほどのデジタル技術やハプティクス(触覚再現)技術が同時に進化し、現実の物質と区別がつかない社会が訪れることも容易に想像できる。20年に韓国で行われた「I Met You」プロジェクトでは、死んだ娘がAR上に再現され、視聴者の涙を誘ったが、技術が進んだ世界では、死の概念自体が変わる予感を示唆した。マルセル・デュシャンの墓石には「死ぬのはいつも他人ばかり」と書かれている。人類が「他人の死」を経験しなくなる未来は来るのだろうか。

科学技術の進歩はアーティストの創作の源泉にも深く関与するとともに観客の鑑賞体験を飛躍的に進化させ、人間の存在や社会の秩序、死生観や宗教、哲学の在り方にも影響を与えるのである。そのような未来が現実化しつつある中で、アーティストが提起する問いに注目したい。

たとえば、長谷川愛の『(IM)POSSIBLE BABY(不)可能な子供:朝子とモリガの場合』は、同性カップルが遺伝子情報によって家族をつくるシミュレーションを通じて、生命倫理やそれを取り巻く問題を浮き彫りにした。また、ルー・ヤンは日本の漫画やゲームに影響を受け、領域横断的な表現で、生物学的な性別や表現のカテゴリーを超え、存在論や宗教といった普遍的なテーマを掘り下げている。アートは、明確な言葉には訳しがたい深遠な思考を喚起する。そして私たち観客は、その全体像を感じ取ることで、未来社会への準備運動をするのである。

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ルー・ヤン

Lu Yang

上海出身。ミレニアム世代のアーティスト。日本のアニメやマンガに影響を受け、大学ではメディアアートを専攻。ジェンダーや脳科学、東洋思想などをテーマに自らの身体を使った映像作品を発表している。アイデアを即時にかたちにするテクノロジーを積極的に取り入れ、最近ではゲームエンジンも駆使しながら制作を続けている。

『DOKU』は釈迦の説教である「独生独死独去独来」に由来し、現実世界、仮想空間のどの次元においても命は孤独であることをバーチャルキャラクターで表現。「デジタル転生」をテーマにした本作品ではルー本人の顔を3Dスキャンで読み取り、表情をほぼ完全に再現しながら、バーチャルでしか実現し得ないルー自身の理想像を顕現させた。Lu Yang

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「AI」「NFT」「ゲーム」を駆使した、新たなパラダイムの到来

23年末、AIの進化は圧倒的な速度で人々の生活に影響を与え、その中でも特にチャットGPTやステイブル・ディフュージョンのような生成AIが世界的な注目を集めた。インターネットが提供する大量のデータを学び取る人工知能は、アート業界にも大きな影響を与えた。作品の生成から管理、分析、探索に至るまで、AIはその効率性と精度でアーティストの役割を奪うと一部の人々から恐れられる一方で、新たな可能性を秘めている。アートの価値は単なる視覚表現だけではなく、背後に潜むコンセプトや哲学、そしてその作品が生まれた文化的背景にこそ存在するからだ。

アート業界における情報はいまや爆発的に増加し、30年前には人類の0・001%ほども触れることができなかった情報すら、現在では先端技術と人々の努力により、民主化の土壌が広がっている。この流れはアートを身近な存在へと変え、今後は鑑賞や管理、研究が誰でも容易に、正確に行えるようになるだろう。

 

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ゾンビ・ズー・キーパー

Zombie Zoo Keeper

東京都出身のNFTアーティスト。8歳の時に夏休みの自由研究で「ゾンビ×動物」をコンセプトとして制作を開始。スティーブ・アオキが作品を購入したのをきっかけに日本のみならず世界的に話題となり、170万円で転売された作品も。日本で多くのクリエイターがNFTに進出するきっかけとなり、アーティストをエンパワメントする存在になっている。

タブレットアプリでゾンビ化した動物たちのドット絵を描いたNFTアートプロジェクト『ゾンビ・ズー』。奇抜なデザインとドット絵がNFTで大ブレイク。既成概念にとらわれない自由な発想と手書きの作風が多くの人を惹きつける。取引総額は126ETH(2023年6月時点)© Zombie Zoo Keeper

 

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エックスコピー

XCOPY

ロンドンを拠点にしていると公表しているレジェンド的な匿名アーティスト。クリプトアートをいち早く取り入れた作品がNFTマーケットプレイスSuperRareで注目を浴び、現在までの販売総額は90億円にのぼる。その作風は、シンプルな画像を高速でループさせるGIFアニメーションで、見る者の心をゆさぶる独自の世界観をもつ。

2018年12月SuperRareで公開された『Right-Click and Save As guy』は、テレビの放送休止画面を思わせる点滅グラフィックが特徴。21年12月にはラッパーのSnoop DoggによるNFTコレクションアカウントCozomo de' Mediciによって10億円相当で購入され話題に。© Creative Commons O’

一方、この開放的な流れの中で新たなパラダイムも生まれてきている。つまり西洋美術史に根ざした本流アートと、大衆文化から発展してきた日本のクリエイティブとの間に存在するような文化的な壁の崩壊である。その一例として、世界最大のNFTマーケットプレイスである「オープン・シー」での現象が挙げられる。表現方法やヒエラルキー、文脈が混在し、価値観が相対化されているさまは、村上隆が20年以上前に提唱した“スーパーフラット”の世界観が、世界中のマーケットで現実化しているかのようである。

このようなニューパラダイムのなか、NFT技術は新たなアーティストの台頭を後押ししている。小学生の頃から世界中に自身のNFTアートを発表しているゾンビ・ズー・キーパーは、NFT技術がアート業界の枠組みを根本から変革し、新たな可能性を生む力があることを証明した。またNFTアートのパイオニアであるエックスコピーはシンプルなGIFアニメ(画像ファイルを拡張した簡易なアニメーション)作品を生み出し、その存在感と影響力でデジタルアートがハイアートに匹敵することを世界に示した。さらにAI、VR、NFT、デザイン、ゲームの技術を融合させた新しい表現手法を探求しているたかくらかずきは、一見遊び心あふれるゲーム的な作品の中に宗教や哲学のフックを仕掛けることで、我々が今後向き合う規範を赤裸々に突きつける。

 

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『みえるもの あらわれるもの いないもの』(2023年)。シュルレアリズム技法の自動筆記を応用し制作した108種類の連句を分解し、鑑賞者は108の3乗分の単語から任意の俳句を作成。作家の作風を学習した画像生成AIにより妖怪が生まれ、同時にNFT市場に出品される。

 

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たかくらかずき

Kazuki Takakura

東京造形大学大学院修士課程修了。3DCGやピクセルアニメーション、AI、VR、NFTなどのテクノロジーを使用し、東洋思想による現代美術のルール書き換えとデジタルデータの新たな価値追求をテーマに作品を制作。NFTシリーズ『BUSDDHA VERSE』『ハイパー神社』を展開中。京都芸術大学非常勤講師。photo: masahiro muramatsu

 

未来から振り返ったとき、現在の社会はどのように評価されるだろうか。おそらく、テクノロジーの相次ぐ萌芽によりアートが再定義され、世界の多様な文化が混交し、新たな「始まり」が訪れた時代だったと見るだろう。そしてこの先10年間で見るだろう風景は、私たちが想像もしないようなアートの重要なフェーズになることを確信している。

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