「窓が見ていた風景」を窓自体に焼き付ける?! 記憶を可視化させる鈴木のぞみの作品を見逃すな

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:河内タカ
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一度見たら、脳裏に焼き付いて離れない作品をつくるアーティストがいる。「窓が見ていたであろう風景」を窓そのものに焼き付けた作品。「19世紀のイギリス人が見ていたであろう風景」を眼鏡に焼き付けた作品……。

アーティストの鈴木のぞみは、年代物の眼鏡や取り壊される前の家屋が内包する記憶を可視化するために、眼鏡レンズや窓ガラスに直接イメージを焼き付ける。そのような作風のきっかけとなったのが、自身のアトリエであった築90年の古民家から木枠付きの窓ガラスが見つかったことだった。鈴木はその窓から見えた風景を撮影し、かつての住人が眺めていたであろう日常の景観を記憶のなかの像として焼き付けたのだ。

12月1日まで開催されているポーラ美術館の展示では、ポーラ美術振興財団の助成金を得て渡ったイギリスで手に入れた舷窓(げんそう)、眼鏡、望遠鏡、ルーペ、拡大鏡といった視覚装置にその物と関連するイメージを焼き付けたオブジェが出展されている。去りゆく時間や消えゆく光景について想起させてくれる鈴木の繊細な作品は、持ち主たちの記憶や痕跡の気配によって、過去、現在、未来の時空を超えた場所へと見る者を誘う。どこか文学作品のようでもある鈴木の作品がどのような過程で制作されているかについて話を聞いた。

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鈴木のぞみ(すずき・のぞみ) アーティスト
1983年、埼玉県生まれ。2007年、東京造形大学造形学部美術学科絵画専攻卒業。15年、東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。22年、同大学院博士後期課程修了。16年、VOCA奨励賞受賞。19年、ポーラ美術振興財団在外研修員として渡英し、24年にポーラ美術館で個展を開催。近年のおもな個展に、『The Rings of Saturn / Mirror with a Memory』(群馬、2021年)、『Words of Light(光の言葉)』(東京、2024年)など。

 

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バルトの本を読んで、写真とそこに写っているものが切り離せないことを知った

――窓から見た風景をその窓に直接焼き付けるという作風は、自ら考え出されたんですか?

そうですね。もともと大学では絵画を学んでいたのですが、キャンバスを支持体に油絵の具で描くという伝統的な手法ではなく、自分なりに納得できる素材と象の関係性を探っていた時に写真乳剤の存在を知って、これを塗ればなんでも印画紙になりえるかもしれないと思ったことが始まりです。まるで魔法みたいだなと感じました。

――では、写真に関しては完全に独学なのでしょうか?

美大で少し教わったことはありますが、ほぼ独学でした。支持体になるものに親密な関係のあるイメージを焼き付けたいと思い、最初は窓ガラスを支持体にして、その窓から見えていた風景を撮って焼き付けてみた時、「自分が絵画でやりたかったことができるかも」と感じました。その後、窓や鏡が見ていたものを焼き付けるような作風になっていきました。ロラン・バルトの本を読んだのもその頃です。窓ガラスから見える風景が窓から切り離せないことなどを例に挙げ、写真とそこに写っているものが切り離せない写真の本質を語っている部分など、共感できることが多かったです。自分なりに調べていくなかで、歴史上初めて写真に撮られたイメージが窓からの風景だったことを知りました。その後、写真について改めて学びたいと思い大学院に進学しました。

②《窓の記憶:関井邸2階東の小窓》2012年 撮影:加藤健.jpg『窓の記憶:関井邸2階東の小窓』2012年 個人蔵 窓、写真乳剤 H.62×W.79×D.3cm 撮影:加藤健 

――窓の作品以外にも、今回ポーラ美術館で展示されている眼鏡や望遠鏡など、年代物の道具類はどのような基準で選ばれているのでしょうか?

イギリスに滞在中は、博物館や骨董市などでよく見かけるアンティークのもので、なるべく大量生産されていたものを選んでいました。そのほうが当時の人々の集合的な記憶を表せるのではないかと思ったんです。たまに間違えて新しいのを買ってしまうこともありましたけど(笑)。

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ポーラ美術館での展示風景。聖書の豆本を入れるペンダントトップのレンズには聖書の一文が焼き付けられている。 撮影:河内タカ

 

――船に取り付けられている舷窓に海の風景を焼き付けた作品もありますが、ものを見つけてからアイデアが浮かんだのでしょうか。それとも、船に乗っていた時に思いつき、舷窓を探したのでしょうか?

北アイルランドの首都、ベルファストの古道具屋さんでアンティークの舷窓を2点購入したのがきっかけでした。ベルファストはタイタニック号がつくられた場所としても有名で、造船で栄えた街だったということを知って、この舷窓は上下左右どの向きで、どんな船に取り付けられていたんだろうと想像が膨らみ、博物館に行ったりいろいろな船の窓を調べたりしました。

その時は、自分の納得できる答えは得られなかったのですが、改めてちゃんと舷窓自体を凝視したら、グラスゴーの造船会社の刻印が刻まれていることに気付いたんです。また、裏面に塗装されたペンキが滴っていた痕跡から、この窓がどのように取り付けられていたかもわかったりして。もの自体が持っている情報量ってすごいなと実感しました。最終的には、ベルファストとグラスゴーの間のアイリッシュ海を行き来した船に使われていたのではないかと考え、日本へ帰国する直前に同じルートを行き来するフェリーに乗って、そこから眺められた海を撮影して焼き付けました。

④《The Rings of Saturn:舷窓―アイリッシュ海》2020年 撮影:木暮伸也.jpg『The Rings of Saturn:舷窓―アイリッシュ海』2020年 北川正人蔵 イギリス製の舷窓、写真乳剤 Diam.22.4×D.8.2cm 撮影:木暮伸也

 

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自身のアトリエの一角。あちこちで買い集めたアンティークがところ狭しと並んでいる。

 

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19世紀半ばのロンドンの人々が見ていたイメージを想定して焼き付けた

_22A2029.jpg方位磁針と望遠鏡、双眼鏡などの機能がひとつになったものをのぞき込む鈴木。どうやって使われていたのか、どんな人が使っていたのか、想像が膨らむ。

 ――そのような風景を撮る時は、具体的にこんな感じの作品になるだろう、とある程度予想して撮っているのでしょうか?

頭のなかでは、ものとイメージの組み合わせはなんとなくあるんですけど、焼き付ける時に、実際に対象が見えていた範囲を追体験するように再現しようとすると、物理的な制約などもあって、予想を超えた仕上がりになることはよくあります。

――イメージはある特定の歴史的な事例を実証するためではなく、あくまでもご自身の作品として主観的に選ばれているものなんですね?

窓から実際に眺められていた風景とは異なり、光学器具などの道具と特定のイメージとの組み合わせは、いろいろリサーチをした上で、使われていた時代や場所、道具の用途などから、この組み合わせであれば在りえたのではないかと判断して制作しています。当然ながらそこには私が考えていることも反映されているわけですが、それらが集合的無意識や当時の記憶を表すようなものになればいいなと思ってます。

_22A2004.jpgアトリエにはアンティークの道具に交じってファウンドフォト(中央)などもあった。

――ポーラ美術館の展示で個人的に好きだった作品のひとつが、炎が灯った蝋燭が鏡に映されたものでした。蝋燭の炎の記憶と言えばいいのか、実際は既に燃えてしまったものなのに、鏡の中にその炎が映されている様子から、喪失感や時間の流れといった繊細な感覚が伝わってきました。

私もあの作品には思い入れがあります。鏡を使った作品はこれまでにも個人の鏡から銭湯や理容室の鏡などさまざまなものを制作してきたんですけど、燭台のついた鏡の作品は「こういうものが映し出されていたんじゃないか」と想像しながら鏡に焼き付けてみた、初めての作品だったんです。燭台が付けられた縦長の鏡は、蝋燭の光を反射して部屋をより明るくするためのもので、まだ電気のない時代に少しでも蝋燭の光を明るくしようと工夫していた当時の人々の営みに惹かれました。蝋燭が全部燃え尽きた後に明るい炎が鏡の中に残っている様子から、不在感がより強調されているように感じるのかもしれませんね。

⑦《The Rings of Saturn:燭台付き鏡―蝋燭》撮影:加藤健 加工済.jpg『The Rings of Saturn:燭台付き鏡―蝋燭』 右:2021年 沖一成蔵 左:2023年 個人蔵 撮影:加藤健 イギリス製の燭台付き鏡、写真乳剤  各H.26.5×W.12.3×D.12cm

――男性用と思われる丸眼鏡に、1851年にロンドンで開かれた第1回万国博覧会の会場として建てられた「クリスタル・パレス」を焼き付けたのは?

年代物の眼鏡は本を読むためのものか、遠景を見るためのものかは実際に購入してみないとわからなかったりするんですけど、この眼鏡は遠くを見るための近眼用でした。ブルースティールの安価なもので、庶民も買いやすいものだったということもわかりました。19世紀半ばのロンドンの人たちが大挙して見に出かけた場所がどこだったのかをリサーチして、ガラスに覆われた巨大建築が大きな話題となっていた「クリスタル・パレス」を焼き付けました。ちなみに、当時のイギリスには窓に税金が掛けられていて、窓をたくさん設えていると税金を多く納めなくてはいけないので、窓を塞いだり少なめにして生活していたそうです。でも、「クリスタル・パレス」の建築を機に窓税が廃止され、大きな窓のついたアトリエを建てる画家も増えたようです。

_22A2058.jpg作品集『LIGHT OF OTHER DAYS(去りにし日々の光)』から。ロンドンのクリスタル・パレスが眼鏡に焼き付けられている。
_22A2027.jpg眼鏡にクリスタル・パレスのイメージを焼き付ける作品のもととなったガラス乾板。ステレオ写真の持つ両眼視差がそのまま生かされている。この写真を複写して、眼鏡にイメージを定着した。

 ――この眼鏡をかけていたのは、たとえば「山高帽をかぶった50歳くらいの紳士」のように、特定の人物像を空想しながら制作したりしますか?

オペラグラスのようなエレガントな眼鏡ではなく、プレーンなものなので、年齢や性別はさほどイメージしていなかったです。ロンドンに住んでいた人物なら、ロンドン万博を象徴していた「クリスタル・パレス」はきっと見に行ったであろう……くらいで。どうも私は、人間よりももののほうに比重を置いて考えてしまうところがあるようです。

――軍人たちがよく携帯していたという極端に小さな聖書を使った作品など、旅や移動に関するものが支持体になることが多いですね。

いろいろ調べるうちに、光学機器の発展は戦争と切り離せないところがあると感じました。また、19世紀の産業革命期のイギリスをおもなリサーチの対象としていたことも大きかったと思います。蒸気機関車で遠方への旅が可能となり、さまざまな道具を折りたたんでコンパクトに持ち運ぶことが楽しまれていたのではないでしょうか。精度や技術がどんどん発展していくなかで、レジャーで携行しやすく便利なものが好まれていたんでしょうね。

――イギリスや北アイルランドでの滞在は実り多かったことが作品からよく伝わってきます。今後行ってみたい国などありますか?

そうですね、光学機器が盛んにつくられていた国に行きたいので、ドイツやフランス、アメリカなどに行ってみたいですね。でもしばらく日本にいる予定なので、いまは日本でできることをしたいです。たとえば、蘭学とともに西洋的なものの見方が入ってきた江戸時代に大きな「視覚革命」が起きていたなかで、眼鏡やルーぺといった器具が当時の人たちにどう受け入れられ、実際にどのようなものを見てきたのかを最近は調べています。これからも現地を訪れたからこそ出会えたものや、その土地に固有の文化から得られるインスピレーションを大切にしながら、写真によって可視化していきたいと思ってます。

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『HIRAKU Project Vol. 16 鈴木のぞみ「The Mirror, the Window, and the Telescope」』

開催期間:開催中〜12/1
会場:ポーラ美術館1F アトリウム ギャラリー
開館時間:9時~17時 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:会期中無休
料金:無料 ※企画展・コレクション展には別途入館料が必要
www.polamuseum.or.jp/sp/hiraku-project-16