スイスや日本が誇る高級時計ブランドのCEOたちは、いまどのモデルを推すのか? 自身のブランドのアイデンティティを表象する一本について語ってもらった。
Pen 2024年12月号の第1特集は『100人が語る、100の腕時計』。腕時計は人生を映す鏡である。そして腕時計ほど持ち主の想いが、魂が宿るものはない。そんな“特別な一本”について、ビジネスの成功者や第一線で活躍するクリエイターに語ってもらうとともに、目利きに“推しの一本”を挙げてもらった。腕時計の多様性を愉しみ、自分だけの一本を見つけてほしい。
1. セイコーウオッチ/代表取締役社長 内藤昭男
腕時計との対話を楽しむ、手巻きの最新型
近年、グランドセイコーは世界から多くの注目を集める。セイコーウオッチ代表取締役社長の内藤昭男が挙げたのは、今年誕生した「SLGW003」だ。日本発の時計の矜持が息づくグローバルブランドのアイデンティティをベースに、機能的価値と感性的価値の体現を目指した。
「約50年ぶりに開発した手巻きの新ムーブメントは、安定した精度につながる毎秒10振動の高振動数と最大80時間の持続時間を両立しました。高機能であるだけでなく、手巻きならではの巻上げ時の心地よい感触と音を追求し、仕上げの美しさや野鳥のセキレイを模した部品の動きなど、随所に“腕時計との対話” が楽しめます」
その独自のデザインには、日本の文化的伝統が反映されている。
「グランドセイコースタイルは、日本独特の“陰影の美意識” に基づく、高級腕時計にふさわしいデザインルールとして1967年に生まれました。『SLGW003』には、これをさらに進化させたエボリューション9スタイルを採用しました。鏡面を包み込むようにして上面と側面を繊細なヘアラインで仕上げ、ケースやラグの立体的な造形が光をより繊細に反射し、やわらかで静かな輝きを放ちます」
グランドセイコーがブランドフィロソフィーとして掲げるのが、「THE NATURE OF TIME」だ。
「NATUREには、時の移ろいを感じる美しい日本の“自然” と、腕時計製造というものづくりを追求する“本質” というふたつの意味を込めています。前者は、岩手県雫石と長野県塩尻にある工房周辺の豊かな自然から着想を得たデザインが代表例です。そして本質の追求とは、何十年も受け継がれてきた時計職人の技と精神性を研鑽し、さらに後進の育成を通じて、次世代に継承していく理念なのです」
“世界最高峰の腕時計をつくり出す” という情熱から1960年に誕生したグランドセイコー。世界でも数少ない真のマニュファクチュールとして、日本の美意識や精神性を発信する唯一無二のラグジュアリーブランドなのである。
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2. ブライトリング/CEO ジョージ・カーン
名作パイロットが表象する、“ モダンレトロ” のスタイル
今年、ブライトリングは創業140周年を迎えた。振り返ってみれば、無数の出来事の積み重ねによってブランドは築かれてきたとジョージ・カーンCEOは言う。そのなかで挙げたのが「ナビタイマー B01 クロノグラフ 43」だ。
「まさにブランドのアイコンであり、パイロットウォッチとして最もよく知られています。1952年に誕生し、当時画期的だった回転計算尺は多くの民間パイロットにも使われていました。それはいまもデザインとして愛されています。また、クロノグラフに関してもパイオニア的存在です。スタート・リセットのふたつのプッシュボタンを開発し、34年に特許を取得しました。現代のクロノグラフは、すべてそこから始まったのです」
こうした偉大なレガシーをブランドの成長につなげているのが、カーンの手腕だ。近年では大胆なカラー展開にも目を見張る。
「たとえばミントグリーン、アイスブルー、カッパー。これまであまりなかった明るい色を導入しました。『トップタイム』のような色の組み合わせもそうですね」
そこには、腕時計をめぐる意識の変化もあるという。
「この30年で世界は激変しました。私が時計業界に入った頃、いちばん大事だったのはムーブメントで、2番目の要素がデザイン、そして最後がブランドでした。ところがいま、それが逆転しています。まずブランドのスタイルや体現している価値観こそが重視されている。その上でデザインやプロダクトの特徴を見て、ユーザーは腕時計を選ぶのです。ムーブメントはよくて当たり前、最低条件です」
重要なことは、ブランドをどのように構築していくかだ。
「特にデザインはブランディングと密接に関わるので、ひと目見たらブライトリングだとわかる確固たる強さが不可欠です。いま打ち出しているのは“ モダンレトロ”というスタイルで、現代的かつ歴史も重視する。ナビタイマーをはじめ、私たちにはそれにふさわしいヘリテージがありますから」
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3. A.ランゲ&ゾーネ/CEO ヴィルヘルム・シュミット
独創的デザインに込めた、ブランドの矜持
ドイツを代表する時計ブランド、A. ランゲ& ゾーネは、今年ブランド復活から30年という大きな節目を迎えた。初のクロノグラフである「ダトグラフ」の誕生25周年モデルの登場に続き、まさに復興の旗印となった「ランゲ1」の新作を発表した。このコレクションを抜きにブランドのアイデンティティは語れないだろう。
「ランゲ1は誕生以来、改良とコレクションの拡充を重ねてきました。特に2015年には専用ムーブメントを一新し、基本性能と品質を大きく向上させました。その時の大きな目的のひとつには、薄型化もあったのです」
フルモデルチェンジと言えるほどの内容であったにもかかわらず、デザインはほとんど変えなかった。それはブランドの顔であり、次世代に継承すべき資産であるという判断からだと、ヴィルヘルム・シュミットCEOは言う。
「私たちはドイツのブランドであり、その中でもグラスヒュッテという時計製造の聖地での長い歴史があります。その伝統を守るとともに、長く愛着を持って使い続けられるデザインこそ、優れていると思います。一過性のデザインはその時は受けても廃れるのも早い。それは、私たちの取るべき道ではないのです」
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4. ピアジェ/CEO バンジャマン・コマー
飽くなき情熱を注ぐ、技術と美しさの融合
今年、ピアジェは創業150周年を迎えた。改めてその足跡をたどってみると、メゾンのアイデンティティを体現する時計を1本に絞るのはとても難しい、とバンジャマン・コマーCEOは言う。
「最初に思い浮かんだのは、150周年の幕開けを飾った『ピアジェ ポロ 79 ゴールド』です。でも熟考し、『アルティプラノ アルティメートコンセプト トゥールビヨン』にしました。世界最薄のトゥールビヨンであるこの時計は、メゾンに従事する全員にとっての誇りです。マニュファクチュールの長い伝統と超薄型技術が、素晴らしい融合を果たしました。ゴールドとブルーのカラーにはジュエラーで培った美学を注ぎ、技術と美しさというふたつの世界を結びつけ、時計製造の限界を押し広げたのです。手首に完璧にフィットする着け心地のよさも、ピアジェというメゾンの本質を表しています」
時計づくりにおいて最も大切にしていることに“情熱” を挙げる。
「創始者のジョルジュ=エドワール・ピアジェは、“常に必要以上によいものをつくる” をモットーにしました。我々は、職人はもとより、メゾンで働く一人ひとりやその家族までもが、時計に対する並々ならぬ情熱を抱き、その言葉にいまも共鳴しているのです」
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5. エルメス オルロジェ/CEO ローラン・ドルデ
時間との関係性を築く、夢のようなオブジェ
エルメスの時計部門を統括するローラン・ドルデは「アルソー グランドリュンヌ」を挙げる。「アルソー」は1978年に発表した、エルメスが腕時計において初めて自社で製造したコレクションだ。
「デザイナーのアンリ・ドリニーが考案し、いまもウォッチコレクションを支える主軸となっています。シンプルな2針のクオーツから複雑機構、メティエダールやジュエリーウォッチに至るまで、幅広いバリエーションを展開する表情豊かなモデルです」
その言葉通り、フルカレンダーとムーンフェイズという多彩な表示を備えながらも、乗馬のあぶみから着想を得た上下非対称のラグや疾走する馬のような数字など、洗練されたスタイルは崩さない。
「エルメスは時計づくりを通して、時間に新しい解釈を与えることを目指しています。心地よくいつまでも続く、遊び心のある時間。ストーリーがあり、感情を沸き立たせてくれる時間。ただ時刻を知るための道具ではなく、そうした時間との関係性を構築できる夢のような“ オブジェ” をつくりたいのです。そして重要なのは、エルメスの価値観と理念に忠実であり続け、品質を重んじることです。エルメスがエルメスである意義が、ここにあるのです」
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