時計ブランドの要職者たちは、いまどのモデルを推すのか? 自身のブランドのアイデンティティを表象する1本について語ってもらった。
Pen 2024年12月号の第1特集は『100人が語る、100の腕時計』。腕時計は人生を映す鏡である。そして腕時計ほど持ち主の想いが、魂が宿るものはない。そんな“特別な一本”について、ビジネスの成功者や第一線で活躍するクリエイターに語ってもらうとともに、目利きに“推しの一本”を挙げてもらった。腕時計の多様性を愉しみ、自分だけの一本を見つけてほしい。
1. ヴァシュロン・コンスタンタン/クリスチャン・セルモニ
メゾンのヘリテージを、未来へとつなぐ
1755年の創業以来、ヴァシュロン・コンスタンタンは今日まで一度も時計製造を絶やすことがなかった唯一無二のメゾンだ。その歴史の象徴として、スタイル& ヘリテージ・ディレクターのクリスチャン・セルモニは、「ヒストリーク・アメリカン 1921」を挙げる。“狂騒の20年代” ともたとえられる、社会や経済、文化が一挙に花開いた1920年代のアメリカ市場に向けて製作された時計がルーツだ。
「まさにその時代の精神を凝縮しています。オリジナルから受け継いでいる美しいクッション型ケースや右に45度傾いた文字盤、そして1時位置に配置されたリューズなど、“伝統的でありながら遊び心のある” デザインは、メゾンの歴史を語る上でも、私にとっても欠かせない一本と言えるでしょう」
セルモニは製品開発分野において長らく中心的な役割を担ったのち、現職に就任。彼が率いるヘリテージ部門では創業からの膨大なアーカイブを管理するが、その目的について聞いた。
「私たちが269年以上にわたって積み上げてきたアーカイブが、永久的な情報源であることは言うまでもありません。過去のデザインからインスピレーションを得られることは、我々の時計師や技術者たちの育成にもつながります。そして、それは必ずしも当時の時計を再現するだけでなく、文字盤や針、ラグなど、新たな技術やデザインのための原石なのです。つまり、モダンでコンテンポラリーな時計をつくりながら、伝統や歴史から得た要素を取り入れることで、現代と私たちの原点とのつながりを維持すること。これが我々の背後にある目的です」
この「ヒストリーク・アメリカン1921」もまた、アールデコ全盛期だった20年代当時のデザインを忠実に再現しながらも、現代的なアレンジを加えている。
「私は現行モデルの大胆な40㎜のケースが大好きです。このサイズこそが、ユニークなデザインを際立たせ、最大限に輝かせているのだと思っています」
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2. IWC/R&D責任者 ステファン・イーネン
人気コレクションに搭載した、技術革新の象徴
IWCでは毎年、基幹コレクションのひとつにフォーカスし、リニューアルや新作を発表するが、今年スポットを当てたのが、「ポルトギーゼ」だ。研究開発を統括するステファン・イーネンは、まさにブランドのアイコンである人気コレクションから「ポルトギーゼ・パーペチュアル・カレンダー 44」を選んだ。永久カレンダーには、とりわけブランドらしさが凝縮するという。
「IWCでは1980年代に当時の主任時計技師クルト・クラウスが永久カレンダーを開発し、85年に発表しました。特徴は、通常それぞれの表示をプッシュボタンなどで調整するのに対し、ひとつのリューズで簡単に進められるようにしたことです。まさにブランドが追求する機能性や使いやすさの完璧な体現と言えるでしょう。ポルトギーゼには2003年に初搭載し、ムーンフェイズは577.5年に1日分の誤差という高精度とともに、北半球と南半球からの月相がひと目でわかる特許取得のダブルムーンなど独創的な機構を搭載します」
先進の技術革新にとどまらず、より繊細かつ質感を上げたデザインや、時の移り変わりを表現したカラーダイヤルといったエモーショナルな魅力に磨きをかけた。
「ダブルボックスガラスのサファイアクリスタルを採用し、インデックスなど、ポルトギーゼの象徴的なデザインをより際立たせました。さらに文字盤の奥深さを演出するため、15層の透明ラッカーを塗布後、研磨して磨き上げ、ハイグロス仕上げにしています。文字盤の製造は、合計60もの複雑な工程からなるのです」
近年カラーへのこだわりも目覚ましいIWC だが、嚆矢となったのが86年に発表された「ダ・ヴィンチ・パーペチュアル・ カレンダー・クロノグラフ」である。世界初のブラックセラミック製ケースを採用し、ブラックというカラーの先鞭をつけ、さらに堅牢性や耐傷性といった機能美を与えた。メカニズム、素材、カラーそれぞれの技術革新が融合し、ブランドをさらに前進させているのだ。
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3. パネライ/CMO アレッサンドロ・フィカレリ
“冒険心” が詰まった、ミリタリーダイバーズ
1860年創業という老舗にもかかわらず、パネライの名が一躍世界に広まったのは1993年以降になる。長く知られざる存在だったのは、その開発製造が軍用に特化していたからに他ならない。
「私たちはイタリア軍向けに専用設計した精密機器を手掛け、一般に知られるようになったのは民生用の時計を発表してからなのです。それでもデザインや機能は、長い歴史で培われたアーカイブから着想を得ています」
そう語る、開発責任者のアレッサンドロ・フィカレリが選んだ「ルミノール マリーナ」はパネライの歴史を象徴する一本だ。
「オリジナルのモデルは、軍事作戦での使用を想定した厳しい要件を満たすために開発されましたが、いまや当社のデザインコードの中心になっています。いまも残る豊富なアーカイブを研究分析し、たとえばサンドイッチダイヤルやレバーロック式のリューズプロテクターのようなダイバーズウォッチとしての信頼性を高める本格仕様は守りつつ、現代のライフスタイルを反映したデザインとの調和を追求しています」
そこに息づくのは伝統と革新、技術であり、それらが精度と機能を支え、限界を突破し続ける原動力になるとフィカレリは言う。
「特に挑戦を恐れない“冒険心”は、いまもブランドの核になっています。これは物理的な意味だけでなく、探求と時計の可能性を広げるスピリットであり、当社のすべての時計に反映されています」
そして、イタリアで生まれたブランドらしいスタイリッシュな洗練ももちろん忘れない。
「パネライはイタリアのDNAを誇り、形状と機能の統一を強調したデザインは豊かな文化的背景から生まれています。イタリアンデザインの創造性と美意識にスイスの専門的な技術を融合させることで、独自のアイデンティティが生まれているのです」
こうしたユニークな歴史や文化的な背景が、パネライを唯一無二の存在にしているのだ。
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4. モンブラン/ウォッチ部門ディレクター ローラン・レカン
龍安寺の庭園にも通じる、筆記具と腕時計の共通点
モンブランを代表する筆記具、「マイスターシュテュック」が今年で誕生100周年を迎えた。ウォッチ部門のディレクター、ローラン・レカンは、これを祝した「スターレガシー ニコラ・リューセック クロノグラフ」を挙げる。
「このモデルは、19世紀にパリの時計師ニコラ・リューセックが考案した、競走馬のゴールの瞬間を針に付けたインクで記録するインク式クロノグラフから発想しました。時を表す“ クロノス” と筆記を意味する“ グラフィ” を組み合わせたクロノグラフは、まさにブランドを象徴する存在です」
100周年記念モデルは、文字盤にマイスターシュテュック設計時の図面や数式、エンブレムの寸法をルミネセントプリントした特別仕様だ。ブラックとゴールドの組み合わせは、万年筆のペン先のバイカラーを思い起こさせる。
「時計と筆記具製造に共通するのは忍耐強さであり、開発には時間もかかります。まず、急がば回れ。物事に取り組む姿勢をかつて日本で学びました。京都の龍安寺では庭園に配置された15の石を一度に見ることはできません。完璧は存在せず、成し遂げても隠されたもうひとつの石があるという哲学です。日本の皆さんなら、わかっていただけると思いますよ」
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5. シチズン時計/常務 大治良高
100周年を祝う、和紙文字盤のエコドライブ
今年、シチズンのブランド名を冠した時計が誕生してから100周年を迎えた。シチズン常務の大治良高は、同社の最高峰ブランド「ザ・シチズン」から発表された、100周年を祝うモデルを挙げた。
「1976年にシチズンが世界初のアナログ式光発電時計を発表し、それは今日ではエコ・ドライブとして、基幹技術になりました。記念モデルには筒巻き絞り染め技法を取り入れた藍染和紙の文字盤を採用。金属文字盤とは異なる、和紙のやわらかさと藍色のコントラストが独特の風合いを演出します。古来受け継がれてきた和紙と光発電というテクノロジーを掛け合わせ、新たな価値を創造しました」
また、チタンケースには表面硬化技術が施され、ステンレスより軽くて硬く、キズがつきにくい。
「丈夫で着け心地がいいので長く愛用でき、金属アレルギーにも配慮した、人に優しいものづくりに努めた製品です。それは100年以上培ってきた技術技能に加え、新たな価値の提供を追求するシチズンの姿勢に重なるのです。ブランド名は100年前に、『永く広く市民に愛されるように』との思いを込めて名付けられました。これからも使う人の人生に寄り添い、ともに歩みつづけることのできる時計づくりを目指します」
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