世界中にコレクターを持つ写真家、山本昌男が撮った長野の猿たち【新作】

  • 文:ジスマヌ・レベッカ(Pen International)
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家族写真のように寄り添う3匹の猿。写真集『Saru』(テクスチュエル刊)より。  © 山本昌男

日本を代表する写真家のひとりとして国内外で高く評価され、フランスでも長く注目を集めてきた山本昌男。余白を生かした静謐な美意識、墨絵のような繊細なモノクロのトーン、日本の伝統芸術にも通じる表現は、海外でも高く支持されている。

どこか時代を超えた雰囲気をまとう写真は、見覚えのある、まるで古いアルバムから取り出したかのような親しみやすさをたたえながら、変わることのない美しさを併せ持つ。小さなモノクロ写真、時を重ねたような紙の質感、薬品による色の変化を加えたプリント……山本の作品は、拾い集めた美しい断片を並べたコレクションのようでもある。かつて昆虫採集を趣味としていた彼にとって、カメラは蝶を追う網にとって代わる存在だった。

長年にわたり自然を見つめ続けてきた山本は、この20年、長野県の地獄谷野猿公苑に通い、そこに暮らす日本猿にもカメラを向けてきた。その集大成となる新作写真集『Saru(猿)』が、この夏フランスの出版社Textuel(テクスチュエル)から刊行。フランスで出版される写真集としては5冊目となる今回、山本は久しぶりに現地の観客と交流する機会を得た。

パリのギャラリーCamera Obscura(カメラ・オブスクラ)では8月1日まで『Saru』の作品を展示中。さらにフランス南西部、中世の面影を残す石づくりの町・レクトゥールで開催中の写真祭「L'été photographique de Lectoure(レクトゥール写真祭)」では、企画展「現実のすぐそばで」が12月13日まで開催されている。

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温泉で水面を見つめる猿。写真集『Saru』(テクスチュエル刊)より。 © 山本昌男

温泉に入る姿で世界的にも知られる日本猿。しかし山本の視線を通すと、彼らはまた違った表情を見せる。そこに写る仕草や行動には、人間に近いものを感じさせる瞬間がある。たとえば、3匹の猿が寄り添い、まるで写真館で撮影した家族写真のようにこちらを向く姿。また、水面をのぞき込みながら、ひとり静かになにかを考えているように見える猿。遠い親戚ともいえる存在である彼らは、私たち自身の弱さや本質を映し出している。「人間はもはや動物以下、手のつけられないほど狂気じみた存在になってしまったのではないでしょうか。動物は無駄な殺し合いはしません」と山本は語る。

光で描き、暗室で仕上げる

もともと絵画を学んでいた山本は、1980年代後半から写真家としての活動を始めた。初期の代表作「A Box of Ku(空の箱)」は、後に「Nakazora(中空)」へと発展する。初期の展示では、何百枚もの小さな写真を箱の中に置き、来場者が自由に選び取れる形式を採用した。見る人自身が写真を組み合わせることで、思いがけないイメージのつながりをつくり出すことができたのだ。続くシリーズ「Kawa=Flow(川=流れ)」では、時間の流れそのものに強く関心を向けている。

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パリのカメラ・オブスクラ・ギャラリーで開催された展覧会「SARU」の展示風景(2026年8月1日まで)。 photo: Rebecca Zissmann  

 

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カメラ・オブスクラ・ギャラリーでの展示風景。7月4日には山本昌男による来場者との交流イベントも行われた。 photo: Rebecca Zissmann  

山本の写真には、まるで墨で描かれた書のように見えるものもある。雪玉で遊ぶ小さな猿を写した一枚では、ぼんやりとした毛並みの輪郭が溶けるように消え、墨絵のような印象を与える。山本は現像の段階で、さまざまな方法を使ってプリントに手を加える。写真を意図的に古びたような質感に変化させることで、その場で感じた感情をより深く表現しようとするのだ。背景を暗くすることもあれば、逆に明るく残すこともある。「光で絵を描いているような感覚です」そう山本は表現する。

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まるで絵筆で描いたかのような毛並みを見せる小さな猿。写真集『Saru』(テクスチュエル刊)より。  © 山本昌男

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目的から自由になる写真

山本の写真には、人間の姿はほとんど登場しない。彼は事前に狙いを定めることなく、歩きながら直感に従ってシャッターを切る。「目的を持ってしまうと、その目的に縛られてしまいます。実はそこに別の面白い場面があっても、見逃してしまうことがあるんです」と語る。

「目的を持つと、人間はとても合理的な考え方になってしまうと思うんです。その合理性が本当にいいものなのかはわかりません」

だからこそ、彼が頼りにするのは理屈ではなく、その瞬間に感じた感覚だ。

「そこにある現実を忠実に再現するのではなく、その時の自分の中にあった空気感や感情を写し出しているんです」

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動きの中にある猿たちの姿を捉えた一枚。人間のような表情を持つ動物たちを描いた12〜13世紀の絵巻物『鳥獣戯画』を思わせる印象的な場面だ。 © 山本昌男

その直感によって生まれた作品のひとつが、猿の群れが動きながら奇妙な姿勢を見せる一枚だ。『Saru』では折り込み4ページにわたって掲載されているこの写真には、枝から逆さまにぶら下がる猿の姿も写されている。その構図は、12〜13世紀の日本の絵巻物『鳥獣戯画』にも通じるものがある。カエルやウサギが人間のように動き、遊び、戦う姿を描いたこの作品を思わせるユーモアがそこにはある。

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パリのカメラ・オブスクラ・ギャラリーで開催された展覧会「SARU」の展示風景。 photo: Rebecca Zissmann  

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2006年から山本を紹介してきたパリのカメラ・オブスクラ・ギャラリーのディレクター、ディディエ・ブルースは、彼の独自の視点に早くから注目していた。「彼の写真は、子どもの頃の記憶や、写真そのものが持つ不思議さへと私たちを導いてくれます」と語る。「彼が惹かれているのは、自然や生命の小さな出来事、誰にも知られていないような瞬間です。それは誰もが自分自身の中に持っているものでもあります」 

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写真に加えた小さな金色の点によって、目に見えないものを表現する山本昌男。写真集『Saru』(テクスチュエル刊)より。  © 山本昌男

心惹かれるのは、「すぐにはわからない写真」

山本は、ときには、目に見えないものを表すために、写真に小さな金色の絵の具の粒を散らすこともある。

人の心を揺さぶる写真とはなにか。そう問われた山本は、目には見えにくいものが持つ力について語る。

「見ていて心を動かされる写真というのは、すぐにはわからない写真だと思います。簡単に理解できてしまうものは、簡単に消費されてしまうように感じます。わかったと思った瞬間、人はその先へ進まなくなってしまう。でも、なにか気になったり、もっと見ていたいと思わせる写真はたくさんあります」

山本が興味を持つのは、表面には現れないものを感じ取れる作品だ。「物の背景に、なにか潜んでいるものを感じられる作品に惹かれます」

たとえば、空に浮かぶ球体を写した一枚。一見すると、おぼろ月のように見える。しかし実際には、日中に望遠鏡を使って撮影した星だ。星は昼間も輝いている。ただ太陽の光が強すぎるため、私たちの目には見えないだけである。山本の写真は、まさにそのように、普段なら見過ごしてしまう現実へと私たちの視線を導いてくれる。

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2026年7月4日、パリのカメラ・オブスクラ・ギャラリーにて撮影された写真家、山本昌男。 photo: Rebecca Zissmann  

 

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山本昌男による写真集『Saru』(テクスチュエル刊)

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