小説というかたちで、言葉を生み出し続ける作家・川上未映子。彼女にとって手書きとは、どんなことを意味し、そこにはどんな楽しみがあるのだろうか。創作の現場から日常の風景まで、"書く"ことへの思いを聞いた。
作家・川上未映子は、書くことを生業とする人だ。しかし、彼女の手書きへの思いは、仕事を超えて日常にまで深く根ざしている。小学校の時、縦書きの流れるような文章を書きたいと思い、ペン習字の本を1日かけて書き写した。すると次の日には、すっかり字が上手になっていたという。それ以来、文字を書くことへの愛着は深まるばかりだ。
「原稿はパソコンで書きますが、編集者にメモを渡したり、やり取りをする時は手書きです。日常生活で、よりパーソナルな言葉を交わす時は必ず手書きにしています。それは、フォントでは伝わらないものがあるからです。誰に何を書くか、どんな思いを込めるかによって、手書きには本当にたくさんの可能性がありますよね」
手書きの文字には、書き手の呼吸が宿る。筆圧の強弱、文字の大きさ、行間の取り方。それらすべてが、言葉以上のメッセージを伝えている。川上さんはそのことを、子どもの頃から本能的に理解していたのかもしれない。
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真っ白な紙から始まる、創作の設計図
小説を書く時、原稿はパソコンで執筆するが、その前段階では手書きの作業が欠かせない。川上さんの創作プロセスは、まず白い紙に向かうことから始まる。そこには物語の構造や登場人物の関係性が次々と書き込まれていく。そして、完成した作品からは想像もつかないほど、手書きのノートには試行錯誤の痕跡が刻まれている。
「作品を書く時に、アイデアや相関図は手書きでつくります。真っ白な紙を束で用意して、どんどん書いていって、創作ノートにしていくんです。昔は走り書きでした。でも後から見返すと、何について書いたのかわからなくなってしまう。だから今は、後から見返してもわかるようにていねいに書いています。そういうメモが、羅針盤のように私を導いてくれるんです。それから、消せない筆記用具を使うことも意識しています。消して書き直すのではなく、間違いも含めてすべての痕跡を残しておくんです。さらに、紙のどこに何を書くかということも大切にしていて、後で見返した時に、配置から当時の思考がどう動いていたのかが視覚的にわかるようにしています」
デジタルでは、テキストを削除すれば跡形もなく消える。しかし川上さんにとって、間違いや迷いを含めた思考の痕跡こそが、創作において大切な道しるべとなる。紙の上に残された言葉の配置が、後から見返した時に、当時の思考の流れを蘇らせてくれるのだ。
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共同作業をするように、万年筆と向き合う
今回、川上さんにモンブランの万年筆を使い、原稿用紙に文字を書いてもらった。
ペンと紙が触れ合う音が静かに響く。一画一画に意識を込めながら、ゆっくりと文字を紡いでいく。その姿からは、手書きという行為への深い敬意が感じられた。
「日本語の画数を考えると、『一』という字を横に引いても縦に引いても、すごく短いじゃないですか。でもその中にも表情があるんです。力の込め方によっても全然違う。一文字で見ても表情があって、それが文章になると、全体としての表情が生まれてくる。思い通りにならないところも魅力なんです。万年筆は実体を持った道具だから。インクの量によって書き味が変わったり、途中でかすれることもある。書く時に、万年筆のコンディションを整えたり、準備が必要になる。そこに物理的な要素、身体的な要素が関わってくるんです。万年筆には独特の個性があります。それと向き合って書くことは、共同作業のようなものです。私がその道具を100%使って書いているというよりも、万年筆の方も、私を見ているみたいな感覚があります」
最近、実家の整理で懐かしい友人の手紙を再発見したという川上さん。以前は手紙を読んだらすぐに処分していたが、久しぶりに再会したその文字は、メールでは決して得られない感覚をもたらした。その経験から、手書きの持つ喚起力について語ってくれた。
「手紙を読むと、この紙の前に、その人が確かにいて、書いていたんだということが伝わってくる。追体験するんです。いま、私がこの手紙を開いて読んでいる時、かつてその人もこの同じ紙に触れて、ペンを走らせていた。そのことが実感としてよみがえってくる。メールとは全然違います。私の子どもがいま13歳になるのですが、文字を書き始めた頃のものを、どんな小さなものでも全部取ってあるんです。手書きというのは、時間の表し方そのものだと思います」
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デジタル時代だからこそ、手書きの価値が際立つ
子どもが初めて書いた文字を保存しているという川上さんの言葉には、手書きへの深い愛情が表れている。その文字は、子どもの成長の証であり、同時に、ある時点での子どもの存在そのものを刻印している。手書きとは、時間を可視化する技術なのだ。
デジタル全盛の時代だからこそ、手書きの価値は際立つ。キーボードを叩いて生まれる文字は、誰が打っても同じフォントで表示される。しかし万年筆で紙に向かう時、そこには書き手の呼吸があり、思考があり、身体がある。川上未映子が万年筆を手に紡ぐ言葉は、デジタルでは決して生まれ得ない、血の通った文字なのだ。
モンブランお客様サポート
TEL:0800-333-0102
www.montblanc.com
こちらの記事で紹介している川上未映子さんのインタビューを、Pen×モンブランのポッドキャスト番組「Let's Write! 手書きしましょう!」でお楽しみいただけます。
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