詩はどこから生まれ、どこへ向かうのか——。詩人・菅原敏にとって、手書きは言葉を探す行為であり、まだ見ぬ場所へと旅立つ入り口でもある。モンブランの万年筆を手に、詩作と旅、記憶のつながりについて語ってもらった。
詩人・菅原敏の創作は、いつも手書きから始まる。愛用するノートに言葉の断片を書き留め、詩のかたちを探流。清書する段階でパソコンへ向かうが、旅先はもちろん、近所の喫茶店へ出かける時も、紙とペンは欠かさない。
「詩を書くことは、日常の地続きにあります。自分自身と深く向き合う一方、自分からいちばん遠くへ離れていく時間でもある。行き先のわからない旅に出るような感覚があります」
その出発点は、大学時代に取り組んでいた音楽活動にある。アメリカ文学を専攻するかたわらジャズのバンドで作詞作曲を手がけ、音楽とともに言葉を表現したビート世代と呼ばれる詩人たちの姿に惹かれていった。
詩人は職業なのか、それとも生き方なのか。その問いに、菅原は「どちらかひとつには決められない」と答える。
「誰でも自分は詩人だと名乗ることができます。私も、もちろん仕事として詩を書くこともありますが、書きたいという初期衝動は、自分の生き方の根幹にある。そのあわいを行き来しながら楽しんでいる感覚があります」
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手書きが、言葉の眠る場所へ導く
筆記具は、鉛筆、ボールペン、万年筆と、その日の気分に応じて選び分ける。どの道具を手に取るかによって、紙の上に現れる言葉の表情やリズムも変わるという。なかでも万年筆を使う時は、インクを吸い上げ、紙を整える準備の時間も大切にしている。
「コーヒー豆を挽いて、一杯を淹れるのに近いのかもしれません。準備を整えることで、もうひとつ下の層へ潜っていく。いつも流れている時間が、一瞬止まったり、少し緩やかになったりするんです」
こうして意識を整え、いざ書き始めると、思考より先に身体が動くこともある。
「筆記具が乗り物のように、自分を連れていってくれる時があります。言葉がするすると出てくることもあれば、赤信号で止まった車のように、何度も立ち止まることもある。そのどちらも面白いんです」
言葉は突然降ってくるというより、普段から身の回りを飛び交っている。それを逃さないよう、網ですくうように捕まえるのが菅原の感覚に近い。先に浮かんだ情景へ近づくために言葉を探すこともあれば、ひとつの言葉が詩の軸となり、そこから世界が広がることもある。
だからこそ、詩には書き手の想定を越えた場所へ向かう余地が生まれる。
「詩には読み手にゆだねられる余白があります。5年後、10年後には、同じ一編でも違う景色が見える。長い時間をかけ、その人にとっての“よすが”になってくれるかもしれない」
小説がひとつの目的地へ向かうものだとすれば、詩は読むたびに行き先を変える。どこに飛ばされるかわからないこともまた、菅原が感じる詩の魅力なのだ。
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一枚の紙から、どこへでも旅に出られる

今回、菅原がモンブランの万年筆で紙に記したのは、詩集『珈琲夜船』に収められた「夜船」の一節。事前に自宅や喫茶店で試し書きを重ねるなかで、この作品を選んだという。
きっかけとなったのは、万年筆の小窓だった。光に透かして眺めた時、そこに見えるインクの揺れが、かつて船で旅をした際の記憶と重なった。
「船内の小さな窓から、海や小波を眺めていた時のことを思い出しました。一本の万年筆の中に、小さな海がある。自分の手の中に海があるというのは、とても素敵なことだと思ったんです」
そのイメージは、「夜船」の最後に記された〈誰にも出会わず/どこへもゆかず/この紙一枚/旅がしたい〉という言葉にもつながっている。
「紙とペンさえあれば、家のソファに座ったままでも、思うままに旅へ出ることができる。そんな気持ちを込めています」
実際の旅も、菅原の創作に多くのきっかけを与えてきた。目的地へ向かう高揚感、滞在先で触れる景色や食べ物、人との会話、そして帰り道に押し寄せる寂しさ。日常を離れた時に生まれる感情の揺れから、詩の種が見つかるという。
「旅へ向かう途中、滞在している間、帰る時。それぞれに感情が動く瞬間があります。たとえ遠くではなくとも、月に一度くらいは、見たことのない景色に出合う時間を持ちたいと思っています」
旅先からは、よく葉書を出す。現地で葉書を選び、郵便局を探して投函すると、自分のほうが先に帰宅してしまうこともあるという。けれど、その少し不便な時間まで含めて、手書きの言葉には相手を思った時の自分が残る。
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筆跡の向こうに、その人の姿が現れる
菅原は、過去の日記や詩を頻繁に読み返す。そこに書かれた内容だけでなく、筆跡の乱れや文字の勢いから、その時の心模様まで浮かび上がってくるからだ。
「この時は落ち着いていなかったのかな、暮らしが荒れていたのかな、などと文字からわかることがあります。手書きのものは、言葉と同じくらい、書いていた時の姿を伝えてくれると思うんです」
その力を強く感じたのが、亡き母の使っていた料理本だった。表紙が取れかかるほど読み込まれた本の余白には、分量や火加減、実際につくった後の感想が、ボールペンでびっしりと書き込まれていた。
「こんなにいろいろなことを考えて料理をつくってくれていたんだ、と初めて知りました。書かれた情報だけでなく、そこから母の姿が透けて見える。手書きの文字は、たくさんのことを思い出させてくれるんですね」
高校時代、寮生活を始めた菅原のもとに姉から届いた手紙も、いまなお大切に残している。身近な存在だからこそ、面と向かっては話せなかったことが、文字を介することで伝わってきた。離れて初めて生まれた姉との新しいつながりを、手紙を読むたびに思い出すという。
特別な文章だけが記憶を運ぶわけではない。旅先でWi-Fiのパスワードを書いた紙片が本の間からこぼれ落ちただけで、その時の景色が鮮やかによみがえることもある。手書きの文字には、情報とともに、それを記した人の時間が刻まれているのだ。
過ぎた時間をとどめる一方で、手書きは、まだ存在しない言葉との出合いももたらす。なにも書かれていない紙を前にすると、菅原はいまも、これから始まる創作への期待に胸を高鳴らせる。
「好きなペンが手元にあって、なにかを書きたいと思えることは、とても心豊かなこと。この言葉がどこに着地し、どこへ連れていってくれるのか。最初の一文字を書く時は、いまでも少し緊張します。日常の中で味わえるささやかなことですが、かけがえのない時間になっています」
菅原の手を通して再び紙に現れた言葉には、活字とは異なる余韻が漂う。万年筆(ノート、インク込み)¥293,700、ノート(ブルー)¥11,000、カフリンクス¥66,000、ペンホルダー「ミディアム ラウンド デスクトレイ」¥46,200、サングラス(参考商品)/すべてモンブラン(モンブランお客様サポート)
モンブランは10月3日から18日までの土日・祝日、銀座のサヱグサビル ガス灯通りエントランス(東京都中央区銀座3-5-12)にキオスクをオープン。万年筆でオリジナルポストカードにメッセージを綴り、専用ポストから投函できる。各日12時~17時(予定)。
モンブランお客様サポート
TEL:0800-333-0102
www.montblanc.com
こちらの記事で紹介している菅原敏さんのインタビューを、Pen×モンブランのポッドキャスト番組「Let's Write! 手書きしましょう!」でお楽しみいただけます。

